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浅野真澄/nostalgia (2003)

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浅野真澄/nostalgia

90年代に日本のJ-POPと言われるものがブラック・コンテンポラリーをインスタントに消化していった末に日常に違和感無く存在し、子供から老人までポピュラリティを得た昨今、何の疑問も持たずR&Bフィーメールシンガーを量産し続ける日本のポピュラーミュジックシーンではあると思うが、かつての70年代、80年代の日本で、そういったものは「フェイク」という価値観を上手く調味料として、日本人なりのソウルを表していたはずだ。浅野真澄が2003年にリリースした本作が、そういった違和感を小気味よく混ぜ込んだ良作である事にどれだけの人が気付いているだろう。声優を本業とする彼女の高音域で聴き取りの良い発声はPOPで歌いこなしも申し分ないが、所謂ブラックミュージックのグルーヴとは無縁な地帯にいるように思う。本作の特に2曲目「砂粒」と5曲目「minority」に確認できるスピード感溢れるグルーヴィーなトラックに乗るヴォーカルの違和感は一体なんなのか、この快感がなんなのか考えると、それまで培ってきた自分の音楽体験や、日本の音楽産業の決まりごとなんてあてにならなくなってしまう気がしてくるから不思議だ。この徹底的なまでに突き放されたポップの個人主義構造、自分で敷いたレールの上で勝負している感があって肝っ玉のクソでかさを感じる。すなわち、黙ってアタシについてこいや、アタシなりのファンキーグルーヴィーをかましてやるからよ、といった塩梅である。こういった媚びの無い姿勢は新陳代謝の激しいJ-POPシーンとは距離を置いた声優シンガー実験シーンの賜物ではないだろうか。Amazonレヴューに見られるような、声優としての彼女のイメージと剥離したヘヴィな質感は聴き所ではあるが、そういった背景を知らないまま突然聴いても楽しめる作品になっていると思う。(小川)




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